窓辺のレモンティ

社会人となり数年。日々の思いや考えを綴る、瀬戸こなつのブログです。

マズローの欲求段階説と私。

こんばんは。瀬戸こなつです。

(まだ試行錯誤中で、書き方も文体も定まりませんがお許しください。)

 

さて、「マズロー欲求段階説」という有名な理論があります。人間の欲求は5段階のピラミッドのように構成されていて、低階層の欲求が満たされると、より高次の階層の欲求を欲するというものです。(マズローの欲求5段階説 |モチベーション向上の法則より

 

図で表すと以下のようになります。

   

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それぞれの欲求が具体的にどのようなものなのか、簡単にまとめたものがこちらです。

 

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つまり、食事・睡眠・排泄などの生きていく上で最も基本的で原始的な欲求(①生理的欲求)が満たされると、次に住まいや健康であることなどへの欲望が生まれ、安心で安全な暮らしをしたいと望むようになります(②安全の欲求)。

 

それが満たされると、帰属する集団(会社や家族など)や仲間を求め(③社会的欲求)、次第に周囲から認められ、ほめられたいと思うようになります(④承認の欲求)。そして最後に自己実現欲求が生まれるのです。

 

これを自分に置き換えて考えてみます。

 

大学4年生頃、上図①、②の基礎的な欲求は当然のように満たされており、入社後は仕事で成果を上げたり自分を成長させたいと思っていました。欲求段階説の階段を上り、より高次の欲求を目指していたと言えるでしょう。

 

しかし、現在はというと…。

 

仕事で昼食を食べる時間が無かったり、残業で帰宅が遅くなり夕飯を満足に食べられないこともあります。睡眠は足りず、毎日「もっと寝ていたい、一度でいいから思う存分寝たい!」と思う始末です。あげく、仕事中にお手洗いに行こう行こうと思っていても、忙しくて行きそびれるなんてことも頻繁にあります。

 

長時間のパソコン作業により目や肩の痛みは増し、他の要因やストレスも重なって、一時期は体調を崩すほどでした。

 

マズロー欲求段階説に照らし合わせてみると、現在の私は、生きる土台ともいえる低次の欲求が満たされなくなっていることに気づきました。

 

ピラミッドの基礎に位置する「生理的欲求」や「安全の欲求」は、同じように生きる上でも根幹をなすものです。一方、仕事で成果を上げたい、周囲に認められたい、目標を達成したいと願うのは「承認の欲求」であると同時に「自己実現欲求」にも繋がるものでしょう。

 

高次の欲求を満たそうとして、低次の欲求が満たされなくなり(同時に定時の欲求も満たされない!笑)、生きる根幹が揺らいでしまっては、元も子もありません。

 

マズローも数多くの人がこの階段を踏み外し、これまでその人にとって当たり前だと思っていたことが当たり前でなくなるような状況に陥っていることを指摘しています。

 

私はこのままでは自分が壊れてしまうと思い、間一髪のところでブレーキを踏むことができたような感じです。しかしブレーキを踏むことができず(様々な理由があるでしょう)、心身のバランスを崩してしまう場合もあります。私の同期もそうでした。

 

会社勤めであれば、私や私の同期と同じように欲求ピラミッドの土台が揺らいでいる人も多いのではないかと思います。命が危険にさらされている人もいるかもしれません。

 

ですが高次の欲求のために自分の心と体を犠牲にしてしまっては本末転倒です。

 

寝食を忘れるほど好きなことに夢中になって、楽しさや幸せを感じているという場合は異なるかもしれませんが、まずは①、②のような基礎的な欲求がきちんと満たされているかしっかりと見つめ直す必要があると思います。

 

最も大切なのは自分の命であり、生きることです。仕事をしていると、恐ろしいことにそんな当たり前のことさえ見えなくなってしまう状況があります。

 

忙殺されて目先の事柄に目を奪われ、何が重要かわからなくなってしまいます。感覚がおかしくなっていることに気づいたら、再び価値観の軸をピラミッドの基礎に戻すことが必要だと思います。

 

ピラミッドの土台となる欲求は、人間が健康で幸せに生きる上で最も重要なものです。心身ともに健康であることが第一です。これがあらゆることの大前提であり、人生におけるベースとなります。私も自分をないがしろにしてしまったことを反省しています。この視点を忘れずに、再び自己実現へ向かっていきたいと思います。