窓辺のレモンティ

日々の思いや考えを綴る、瀬戸こなつのブログです。

「経済的な選択」は本当に賢い選択か?

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 ある本を読みたいと思ったときにどのような行動をとるだろうか。私は書店で購入するよりも、図書館を利用したり、ブックオフ等の店舗やネットで中古本を入手することが多いかもしれない。

 

 一番の理由は、やはり経済的だからだ。中古本は状態も良くて安いものも多いし、図書館であれば無料で借りることができるのだから、こんなに良いことは無い。書籍は重くて場所も取るので、購入して部屋に置くよりも都合が良い、ということもある。

 

 だが先日、東野圭吾さんのエッセイの中の「本は誰が作っているのか」という章を読んでいて、自分の浅はかさを思い知った。

 

 考えれば当たり前のことだが、図書館の本が何千人、何万人に読まれたところで、出版社や作家には一円も支払われない。支払われるのは図書館が購入した一冊分だけである。ブックオフをいくら利用しても、中古本をどれほど買っても同様である。

 

 そう、出版業界は私たちが本を購入することで成り立っているのだ。中古本市場で作家らに利益が分配されるような仕組みが作られない限り、私の行動は本や文化の発展に寄与するどころか、むしろ衰退に繋がってしまっているのだ。

 

 本が好きで本を読むという本を愛する行動が、本の消滅を生み出す原因となっている。当然のことなのだが、指摘されて改めて気付かされた思いだった。

  

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 「あなたのTシャツはどこから来たのか」(ピエトラ・リボリ著)という本にも似たようなことがあった。最近ではどこのお店でも低価格のシャツや洋服を目にするが、果たしてそれはどのようにして作られているのか、グローバリゼーションの真実に迫った内容でもある。その序文に、ある女子学生の言葉が載っている。

 

「あなたのTシャツは誰が作ったものですか。食べ物も飲み物も与えられずミシンにつながれたベトナムの子供でしょうか。時給18セントしかもらえず、1日に2度しかトイレに行かせてもらえないインドの若い女性でしょうか。…(略)…彼女は貧乏なだけでなく、不潔で病気が蔓延する環境で暮らしているのです。すべてはナイキの利益のために。」

 

 これを読んで、私は自分が今着ている洋服はどこで誰がどのように作ったものか、商品製造の過程を想像し、思いをはせてしまった。

 

 この二つの事例は、目先の利益=コストカットや経済性を優先することが、広い観点で見ると良い結果をもたらさない可能性があることを示唆していると思う。

 

 今この瞬間だけを考えれば、私にとってお得で最善の選択と言えるかもしれない。しかしその選択が、回りまわって自分の首を絞めていたり、他方面で悪影響を及ぼしていたり、劣悪な労働環境を助長していることさえあり得るのである。

 

 もちろん、だからと言って気になった本や読みたいと思った本を全部書店で定価購入することは難しいかもしれない。そのTシャツが劣悪な労働環境の下で働かされて作られたものなのか、消費者は判断することはできない。それぞれの経済的事情もあるのだから、お買い得な商品を見つければ買ってしまうこともあるだろう。

 

 大切なのは、想像を膨らませ考えることで、長期的な影響をしっかりと認識しておくことだと思う。このような実態を頭に入れて、利用するのとそうでないのとでは大きく違ってくると思うのだ。

 

 近視眼的に目先の利益だけ追い求めるのではなく、一度長期的な視点に立ってみる。物事を俯瞰して眺めてみる。その先にどんな影響があるか、本当の意味で好ましい選択と言えるのかを考える。

 

 その上で中古本を利用したり、時には長期的な視点に立って新刊を購入したり、とバランスのとれた選択をするのが本当の賢さではないかと思う。