窓辺のレモンティ

社会人となり数年。日々の思いや考えを綴る、瀬戸こなつのブログです。

避難勧告(指示)は職場にも出されるべきだと思う。

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 先日のこちらのニュース「心の病」の労災認定、過去最多 20代の増加目立つ:朝日新聞デジタルによると、過労などが原因で「心の病」を患い、労災認定された人が昨年度は498人にのぼり、過去最多を更新したということだ。

 

 過労による精神障害は特に20代において増加しており、非常に心が痛むが自殺に追い込まれるケースもある。また働き過ぎによる死も深刻となっており、過労死「karoshi(karoushi)」として英語圏でも通用する単語となってしまっている。

 

 最近ではブラック企業への批判が高まり、職場のメンタルヘルスや働き方の問題等も以前よりクローズアップされるようになったと感じられる。だが依然として、過労による精神疾患や過労死、過労自殺について、社員(労働者)側に問題があると考えている人もいるようだ。「残業時間が100時間を超えたくらいで、過労死するのは情けない」などというコメントには、もう言葉も出ない。

 

 「最近の若者は我慢を知らない、根性が無い」などと、まるで若者の性質に問題があるかのように言う人もいるが、そうではない。働き方や組織の方が明らかにおかしいのである。

 

 仕事量が多くて毎日残業するのは当たり前、休日出勤もある上に、休暇は取れない。これでは、人間らしい生活が送れるとは到底思えない。新入社員らのストレス耐性が弱くなっているのではなく、従来型日本企業がこれまで労働者に強いてきた働き方組織の在り方がいよいよ立ち行かなくなり、完全に崩壊しているということだ。

 

 しかし、現実はどうだろうか。現在職場で役職や管理職の地位に就いているのは、昭和的仕事観を強固に持った人たちが多い。彼らはモーレツ社員、会社人間と呼ばれ、身を粉にして働くことが正義だと信じてきた世代でもある。

 

 たとえ企業トップが「働き方改革」などといくら音頭を取ったところで、なかなか現場は変わらないのではないかと思う。仕事量も相変わらず多く、人員も増えないのであれば尚更である。結局は上司の価値観に合わせた働き方が求められるのだ。

 

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 これだけ犠牲者が出ていても、変わらない。

 

 変わらないのであれば、私たちが今すぐにできることは何か。悲しいことだが、やはり「逃げる」しかないだろうと思う。もちろん、どうやって食べていくのかという問題がある。だから辞めたくても辞められないという人は多いだろう。辞めれば生活できなくなってしまうのだから。

 

 私たちは究極の選択を迫られていると言える。辞めなければ長時間労働を強いられ心も体もボロボロになる。一方で辞めれば生活できなくなってしまう。でも仕事が全てではないし、命より大事なものはない。やはり休むなり、辞めるなりするしかないのだと思う。

 

 昨年流行した逃げるは恥だが役に立つというドラマで、星野源さん演じる津崎平匡が、次のように言う場面がある。

 

 「後ろ向きな選択だっていいじゃないか。恥ずかしい逃げ方だったとしても、生き抜くことの方が大切で、その点においては異論も反論も認めない。」

 

 一般的には「後ろ向き」と思われるような選択だったとしても、周囲に何と思われようと、やはり生きること、自分の命を守ることの方が大切だという点は、とても共感できる。

 

 私は、人の命を奪うような職場にいる社員には避難勧告を出したいくらいだ、と思ってしまった。だが、もし仮に避難情報が出たらどうなるだろうか。企業名が一日中テレビで流れ続け、永遠に終わらないかもしれない。

 

 常識とは、ある時代に多くの人が信じている(信じ込んでいる)ものであると言える。かつて支配的だった天動説が否定され地動説が常識となったように、これから徐々に働き方は変化していき、組織のあり方も変わっていくかもしれない。

 

 しかし、それが現実になるのはいつになるのかわからない。だから昭和から平成への価値観の過渡期である現在、私たちはただちに命を守る行動をとる必要があると思うのだ。