窓辺のレモンティ

社会人となり数年。日々の思いや考えを綴る、瀬戸こなつのブログです。

就職したら、次の長期休暇は定年後?

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 最近は、就職活動を経て無事に内定をもらうと、入社までの間に内定者懇親会内定者研修なるものが開催されることが多い。そこでは、内定者同士の親睦を深めたり、改めて会社の詳しい説明等を受けたり社会人としての基本的なマナーを学んだりする。先輩社員から話を聞く機会を設けている会社もある。

 

 私も参加したのだが、その時に質疑応答の時間があり、一人の内定者がこんな質問をした。「私はこの業界に関する知識がまだほとんど無く、不安です。入社までの間に、どのような勉強をすれば良いですか?

 

 どんな業界であれ、学生から新入社員として働くとなれば、その業界の知識や経験はゼロに等しい。仮に知識があったとしても、それは机上で身につけた学生の知識であり、社会で役立つ、実用性を兼ね備えたものとは言い難い。

 

 そこに社員として飛び込むのだから、確かに不安である。だから彼女は、読んでおくべき本はあるか、どう準備すれば良いかと聞いたのだ(これはこれでツッコミを入れたい点も多々あるのだけれど、今は置いておく)。

 

 それに対し、懇親会を主催した、おそらく人事関係担当の社員「心配する必要はない」と言った。入社後の研修で知識を身につけられるし、実際に働きながら覚えていけば十分だと。そして、続けて次のように言ったのだ。

 

 「それよりも、これから社会人として長く働くことになります。やはり社会人になったら、学生のように長期間の休みを取ることはなかなかできません。学生の今は貴重な時ですから、勉強なんて考えずに、海外旅行に行ったり友達と遊んだり、今しかできないことをして下さい。今のうちに思う存分遊んでおいて下さい。

 

 学生向けの優しい言葉に聞こえなくもないが、この社員の方はまさに「就職したら、次の長期休暇は定年後」という考え方だったのだな、と今になって気が付いた。(記事のタイトルにもなっているこの言葉は、「未来の働き方を考えよう」(ちきりん著)から引用したものである。)

        

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 長い休みを享受できるのは学生の特権であって、大人は(長期間の)休み無しでみな働いている。もちろん当時の私としても、やはりそれが当然で、当たり前だと思っていた。

 

 就職したらその後はずっと働き続ける。もちろん土日祝日は休める(出勤が無ければ)けれど、その他の休暇と言えば、なかなか取得できない有給休暇とほんのわずかな冬休み、夏休みくらいだ。

 

 でも正直なところ、私は40年(もしくはそれ以上)ずっと働き続けるなんて自分には無理だという思いがあった。けれど、こんな考えを披露したら、真っ当な社会人ではないと思われるような気がしていた。まるで怠け者であり、何を考えているのか、馬鹿じゃないのかと言われ、やる気のない人間だと思われるのがオチだと思ったのだ。

 

 だから口に出しては言えなかったのだけれど、そんな思いをずっと抱えていたのだ。でもずっと耐え続けて、定年を迎えてから自分の人生を少しばかり楽しむなんて、やっと長期の休みにありつけるなんて、おかしくはないだろうか。それも一つの選択であり、否定するつもりはない。けれど、最も活動的で感受性も豊かなときにやりたいと願ったことが、リアルタイムには叶わない人生とは、いったい何なのだろう。

 

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 そして最近、先述のちきりんさんの本を読み、「間欠泉的キャリア」というのを知った。間欠泉とは規則的あるいは不規則的に噴出する温泉のことである。そんな温泉のように、何年か働いて、数か月間休むといった働き方がある、できるということを知ったのだ。

 

 例えば、5年間働いてリフレッシュのために3か月休んだり、留学を挟んだり、転職の合間に趣味に興じる期間を設けるのである。働いたり休んだりを繰り返すなんて常識では考えられなかったことだけれど、自分のスタイルに合わせてインターバルを置くような働き方もあるのだ。

 

 もちろん、このような働き方を実現するためには条件がある。ある程度の経験とスキルを持っていて、失業しても次の就職先に困らない状況を作っておいたり、需要が供給を上回っているような仕事に就いている必要がある。

 

 ちきりんさんの本の中では、医療・介護関係やIT系の職業に就いていて、転職の合間にフィリピンの英語学校に留学している方々の話があった。もちろんこの職業に就いていれば、絶対にインターバルを置く働き方ができるわけではない。労働力の需給バランスは常に変化し、何が市場で求められ、価値あるものになるかは、今後も目まぐるしく変わっていくと思う。

 

 けれど、こういう働き方があるんだ、こんな選択も可能なんだと知ることができただけでも、私には一つの希望になった。「ずっと働き続けるのではなく時々休みを入れたりしたい」という非現実的な私の考えは、実は非現実的でも異常でも無かった。今までの常識からは外れているので、そんな風に思ってしまっただけなのだ。

 

 今まで多くの大人がやってきた「40年働き続ける」ことが自分には無理というのは、決して自分が劣っているとか意欲や忍耐力が欠如しているからというわけではない。むしろ、今までその道一本しか無かったことの方がよほど奇妙なのだ。

 

 多様な価値観に基づいた様々な生き方や働き方があって、こういった働き方を望む人もいる。働き方から職業を選ぶこともできる。難しいかもしれないけれど、「間欠泉的なキャリア」の実現を目指すことも、一つの選択肢として考えていきたいと思った。